前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

第73歩 眠れぬ夜の空襲

 
その昔、航海王子ヘンリーの命により新航路を開拓していたゴンサルヴェス船長は、初めて黒人の男女を生け捕りにして国に持ち帰った。(たしか)
連綿と続く奴隷の歴史。
さぞ憎かったろう。
さぞ悔しかったろう。
彼らの苦しみの一片たりとも、僕には分らないし語る資格もない。
それでも、僕は、憎い。
憎くて憎くて仕方ない。
 
僕は、蚊が憎い。
 
一瞬にして眠気が覚める、あの羽音。
甲高くして飛び去り、そして再び耳をかすめていく。
僕は、蚊が憎い。
 
僕は跳び起き、明かりをつけ、おもむろに服を脱ぐ。
自らの裸体をおとりとして、憎いあいつをおびき寄せる。
さあ、血を吸いに来るがいい。
ももか?二の腕か?首か?腹筋か?どこが好物だ?
好きなところに思いっきりかぶりつくがいい。
御馳走にありつけたと思ったその刹那、亡き者にしてやる。
 
憎いあいつにはパターンがある。
長距離索敵型と、短距離索敵型。
前者は、倒すのも容易い。
滞空時間が長いため羽音で位置を特定し易く、空中でやっつけることができる。
一方、後者は厄介だ。
部屋中のいたるところに止まりながら近づき、すぐには飛びかかってこない。
そのうえ動きが素早く、攻撃もひらりとかわす。
そして猛攻撃を加えたかと思うと、急にぱたりと止め、忘れた頃にまた襲ってくる。
めちゃボディタッチして胸を押しつけて盛り上げるだけ盛り上げてその気にさせ、閉店まで引っ張ったわりにはアフターは素っ気なくかわす、まるでキャバクラのねーちゃんみたいなこの蚊が憎い。
 
待ち構えると途端に姿を現さなくなる、あいつのことが心底憎い。
裸になってもう数十分は経つ。
何をするでもなく黙って裸で座るおっさんの気持ち、お前には到底分からないだろう。
顔写真とまったく別人じゃねーかっていうデリヘルねーちゃんがシャワー浴びて出てくるのを裸で待ってる時くらいの絶望感だぜって言えば、虫のお前でも少しは分かってくれようか。
 
それでも憎いあいつは出てこない。
そのうち、壁や戸棚、部屋のありとあらゆる黒いシミやキズが、蚊に見えてくる。
そっと忍び足でそれらに近づいて、蚊じゃないと悟ったときのやりきれなさ。
ホコリが舞うと、光の加減でそれも蚊に見えてくる。
聞こえない蚊の羽音が、どこかしこで聞こえる気がしてくる。
刺されてもいないのに、体中がかゆくなる。
 
ああ、気が狂いそうだ。
頼むから姿を見せてくれ。
なんなら、死ぬ前に一か所だけ好きなところ吸わせてやる。
人間の都合で理不尽に殺されちゃうんだから、お前もさぞやりきれんだろう。
いいよ、ほら。好きなとこ吸いなよ。
 
 
うそ。ごめん。
即殺る。
 
 
冥途の土産に僕の「刺されたくない箇所ランキングベスト3」までも教えてやる。
 
3位:唇
2位:足の指先
1位:手の指の間
 
その昔、人間がまだ海にいた頃の水かきの名残かもねって、THE指の間"指間腔"。
こちとらそんな記憶ひとかけらも残ってねーぞ。
にも関わらず、そんな部位にも関わらず刺されてくそかゆい思いしなきゃなんて、
あんまりだと思わないか。
 
大正時代の東京帝国大学医学部の島薗教授は、こんなことを仰った。
「今の医者は病気になってから治す。本当の使命は人を病気にさせないことなのに」
その言葉に胸を打たれた女性が、栄養学と医学を結ぶ健康面を考慮した日本の「食」の礎を築いた。計量スプーンを開発したお方。
 
というわけで、僕は虫刺されに効くとされる液体ムヒを信じちゃいない。
刺されたあとのことなんて考えたくもないのだよ。
 
やられる前にやれ。
 
そうしてやっとの思いで血の赤に染まる夜が明け、安心して眠りにつく。
よかった。再びねんねのお里に平和が訪れた。
もう、怯えることはない。
 
人類は今日も勝利したのだ。
 
その瞬間だった。
新たな羽音を聞いたのは。
もう一匹いやがった。
 
憎い。
気が狂いそうなほどに、蚊が憎い。
眠気などついぞ消え失せた。
同胞が無惨にも散っていく姿をじっと眺めていたのか。
さぞ怒ったろう。
さぞ悔しかったろう。
おくびにも出さないその心意気やよし。
 
再び、僕は激しい憎悪の炎を纏った真夜中の殺戮者と化す。
思慮分別によって左右されるのではなく、原理に動く。
どんな小さな命も大切にしなきゃいけないなんて、申し訳ないが蚊に対しては働かない。
 
なんとなく生きるってことは、
なんとなく死ねるって言ってんのと同じだと思わないか。
いいとも悪いとも言わないが。
 
夢なんて、見るだけなら寝てても見れるんだ。
もしかすると、死んでも見れるかもしれないよ。
どうせなら、起きてる間ぐらい追いかけてもいいんじゃないか。
どうせなら、生きてる間ぐらい追いかけてもいいんじゃないか。
 
そう、つまり僕は、今宵も蚊を追いかける。
裸で。
 
みなさん、夏はもうすぐそこです。
アースノーマットより確実に、果敢に蚊を撃退する裸のおっさん。
一家にひとりいるととっても便利です。
快適な眠りを提供します。
寝苦しさは解消されますが、むさ苦しさが加わります。
いつでもお声がけください。
 
 
蚊との格闘の末、全然眠れなくなってだーっと書いちゃうAM4:14。
しょーもなく長い文を最後まで読んでくれた方に心からお礼申し上げます。
しょーもなって思っても、wifi泥棒してそのままアップしちゃうのもごめんなさい。