前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

第64歩 ぴくりとも動じない。

 

僕は、大人になってからというもの、ずっと口ひげを生やしている。

 
ヒゲは、時代と国によって受け入れられ、また忌み嫌われてきた。
江戸時代にはヒゲ禁止令が出されたほどだ。
文明開化とともに市民権を得ることになり、
欧米諸国にみられるヒゲは"権威の象徴""紳士のたしなみ"として受け入れられ、
明治天皇も諸外国との関係を持つうえでヒゲを生やした。
その後、外国かぶれのモダンガールとかいうイケイケねーちゃんたちの「何あのヒゲ気持ち悪いありえないよね」というバッシングを受け、ねーちゃんたちにモテたくてしょーがない軟派モダンボーイたちがこぞって剃ってつるつるになっていく。
かと思えば、戦時中では再びヒゲは威厳を取り戻したりもする。
そうして紆余曲折あって高度経済成長期の日本では「社会人たるものヒゲなんて生やすべきではない」と、ヒゲを剃ることはエチケットであり、社会人の身だしなみとして当たり前だという概念が固定化された。
その一方、2000年代に入ると、ベッカム中田英寿などの活躍により無精ヒゲはセクシーだという流行の兆しが現れたらしいが、ここで僕たちのような凡人が安易にヒゲを伸ばすと痛い目に遭う。無精ヒゲを生やしたセクシーイケメンたちは、そんなもの生やさなくてもそもそもセクシーイケメンなのだ。
 
そんなことを知ってか知らずか、とにかく僕は口ひげを生やしている。
ケツ毛だけはいっちょまえのくせにヒゲや体毛は薄かったので、本当に申し訳程度、
ささやかながらの侘しいヒゲだ。
 
お下品な話で申し訳ないのだけど、僕は下の毛が生えるのもとても遅かった。
中学2年のはじめの頃、このまま生えてこなかったらどうしようと本気で不安だった。
クラスの女の子のなかにたまにワキ毛処理を怠っている子がいると、友人たちはこそこそとバカにしていたのだけど、僕はどうにも情けない気持ちでいっぱいだった。
わき毛なんて、夢のまた夢の話だったのだ。
 
毎晩、育毛剤をつるつるの頭にふりかけ、浸透させるマッサージを施すダディの
"ぺちぺちぺちぺちぃ!"という快音がお風呂場から聞こえるなか、
生えるワケねーだろムダな努力しやがってと心のなかで思っていた。
なんのことはない、悩める思春期の少年は、同じく祈る思いでダディの育毛剤をこっそり拝借して股間にふりかけていたのだ。w
あの瞬間の丸まった小さな背中はさぞ情けなかったことだろう。
おそらく、エロ本を読んでいるところを母親に見つかるよりツライ。
今でこそ他人にどう思われようが、なにを言われようが知ったこっちゃないと自分を貫く人間だけど、僕だって幼き頃は人並みに気にするとこは気にしていたのだ。
 
ちなみに、神は努力家のダディには1本たりとも授けず、悩める無垢な少年にだけ大量の毛を授けた。
 
脱線して恥ずかしい少年時代を晒してしまったところで、ひげの話に戻る。
とにかく僕は、ひげを生やしている。
世の中の一般女性の大半はひげ男が嫌いらしい。
なんでも、汚いし清潔感がないのだとか。
確かに僕も、ママンをはじめ、今までいろんなところで「汚いから剃りなよ」と言われてきた。世の女性のウケの良し悪しなんて知ったこっちゃないしほっとけよと思うのだけど、
当然、好き嫌いはあるだろう。
僕が好きになった女性に嫌いだと言われない限り、世界のすべての女性がひげ嫌いだろうが、社会がひげを許さなかろうが、僕にはどーでもいい話だ。
土台、気にするのは馬鹿々々しい。神と世間は案外僕に厳しめなのだ。
自分が好きならそれでいい。
 
好き嫌いの話をすると、ご存知の通り、僕はすっぴんが大好きだ。
大江戸温泉のような施設内で飲食できるスーパー銭湯や、旅館などの宿泊施設ですっぴん女性とすれ違うとき、僕はとてつもない幸福感に満たされる。ええ、まあ気持ち悪いほどに。
友人を車で送ってきた嫁さんに挨拶しようと近づくと、「すっぴんだから見ないでください!」と手で顔を隠される。
 
頼む、その手をどけてはくれまいか
 
ww。
「お前、真顔で人の嫁にどんな頼みだよ」ともちろん怒られる。
どうしてすっぴんが好きになったのかの起点は自分でもよく分からない。
 
たしかに、メイクバッチリで着飾った女性は素敵だ。
僕も、「見た目じゃない中身が大事なんだよ」だなんてキレイ事を言うつもりはない。
中身が大事なのなんて大前提であって、もちろん僕にだって好きな顔がある。
 
例えば、彼女のすっぴんを初めてみて幻滅したという話をたまに耳にする。
化粧フル装備のときとあまりにも差が激しすぎるとか。
 
考えてもみてほしい。
まったくスキのないフル装備の女性が仮面を取ったんだぞ?
誰も見たことのない、自分以外見ることを許されない顔だぞ?
笑った時の目の細さとか、目を瞑ったときの瞼とか、肌の色とか、
混ぜものなしの純度100なんだぞ?
そんな顔を目の前にして、あんなことやこんなことできちゃうんだぞ?
 
 
興奮しない方がおかしいと思わないか
 
 
ww。
その顔がどれだけ化粧をしているときより劣ろうが、
整った顔立ちではなかろうが、それは大した問題じゃない。
素の表情を目の当たりにできることが魅力なのだ。
「これは有名画家の作品です」と、もっともらしいことを言われてのせられて、なるほど素晴らしい絵だと高値で購入したものの、それが偽物だったと分かった瞬間、その絵に価値を見出せなくなるって最高にしょーもなくないか?
すっぴんに化粧フル装備のときと同列の美を求めること自体愚考だ。
魅力はそんなことじゃない。
"本当の顔"が目の前にあることこそが魅力なのだ。
 
人はみな大小あれど、非日常を生きる顔を持っている。
表裏といったような、なんだか悪意を持つ意味ではない。
 
接客業を営んでいるとある友人は、激太りしたものの、まあイケメンだ。
お客さんたちにファンレターをもらったり言い寄られることもあるという憎たらしいやつだが、お客さんとは関係をもたないと断固お断りしている。
そんな硬派な彼は、"胸きゅん女学園"とかいうスケベなお店に足繁く通い、女教師役のねーちゃんに怒られながら責められるプレイが好きだという、ド変態野郎だ。
でも僕は、そんな顔を持っているからこそ彼のことが好きだし、それをちょっと照れくさそうに「なんかさ、いつの間にか俺のほうが年上になってんの。年下の女教師に怒られてんの、俺」と笑う彼が好きだ。
ちなみに最近の彼の口癖は「鎖骨がどっかいった」である。また太ったのだ。
 

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僕も、こんな感じでいつもはそれなりに普通の人にみえるはずだ。
残念ながら、友人のようにいかがわしい女学園に通いあそばせるお金はないし、ファンレターをもらうようなこともないが、当たり障りない、ただの本が好きなおっさんだ。
 
 
でも、僕という人間の本質はこうだ。
 

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テッテレーーー!
 
ww。ちょっと目を離すとすぐこうだ。w
僕のブログは基本的におっぴろげなので、もしくは読んでくれているみなさまの僕のイメージは言わずともまさしくこうかもしれない。
「マジでぶん殴ってやりたくなる」と、多くの人に称賛される、クズにふさわしい顔だ。本当は全体像はもっと笑える気持ち悪い顔をしているのだけど、これ以上視野範囲を広げるととても卑猥すぎるのでみせれたもんじゃない。
ちなみに、キャラ自体も落ち着いた良い大人とは程遠い。

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ホテルのチェックアウトの時間が迫っているからさっさと起きて顔洗って支度しろよこのクズがと言われるなか、イヤだ眠いんだよ僕はと、全力で起床拒否しているところだ。
そうして徹底的に反抗したのち、結局は例の顔で起きる。
 

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テッテレーーー!

w。

僕に近しい人たちは、本当によく耐えてくれていると思う。
ブログで知り合った方たちにはちょっぴり申し訳ないと思っている。w
今日のブログは始まって以来最大の大暴走記事だ。
ネット環境がないくそド田舎の山奥にいると、そういう気持にもなる。
公共の場だぜ弁えろよと言われちゃいそうだが、でも、ブログの醍醐味はこういうことなのではないか。
ほっとけば交わることなど絶対にない人たちの、私生活や恥ずかしい話や、考え方、日常では触れることのない部分に触れ、不確かなその人の輪郭を、ほんの一瞬でもなぞることができたかのような感覚が魅力で、それはまさしく僕の思うすっぴんの魅力に通ずるところでもある。
 
ふつうに生活していると、出会える人間、触れることのできる他人の人生には限りがある。せいぜい80年の人生でいうと、本当にごくわずかだ。
信頼に足る仲間や友人は、それこそごく一握りで十分だ。
でも、その"いちあく"はまだ見ぬ多くの知見を掴み損ねているとも感じる。
 
せっかく同じ時代に生きたのだ。年代や思想や性別や、ひげの有無や既婚独身や、裕福や貧乏や、右や左やイノベーターやレイトマジョリティや、肉食草食異なることの一切を抜きにして、見つかる共通項はあるだろう。意外なモノの見方もあるだろう。拾い上げるべきではないものもはっきりするだろう。
もちろん、常識ある紳士淑女は僕のような変態は拾い上げるべきではない。
 
とにかく僕は口ひげを生やしている。
それは、僕が僕であることを可能にしてくれると同時に、僕が僕ではないよう仕向けてくれる。そういった意味で言うと、女性の化粧は女性にとっては同じく大事なものであると考えられるし、すっぴんを懇願したりしない。そう滅多に見れないからこそいいのだろう、きっと。ともすれば、いよいよ普段見せない"顔"が、僕にとっては一層魅力的に思え、それは性癖や体格や年齢などあらゆる垣根を越えて"もっとこの人を知りたい"という気持ちにさせる。
その連鎖の結果こそが、今の僕を取り巻いてくれる、魅力溢れる友人たち、僕が大好きな人たちなのであり、これからもそうして大切な人を探し、大切な関係を作りたい。
 
つまり、星の瞬く音が聴こえそうなほどに静かな田舎の夜、
そういえば、育毛剤をハゲ頭に叩き込むダディの"ぺちぺちぺちぺちぃ!"という快音が聴こえてこないなと時の流れと無常を感じながら、すっぴん女子に付けヒゲをしてもらったら僕はダブルパンチで悶え死んでしまうのではないかという邪な欲望を抱きながらこの記事を書いていた。
そんな僕に冷静さを取り戻せと、窓の隙間から割って入った凍てつく真夜中の風が、
たしなめるように僕の顔に吹きつけた。
 
言うまでもなく、僕の口ひげはぴくりとも揺れなかったのだ。