前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

第58歩 でこぼこのリンゴと、でこぼこな息子

  

どうやらダディが風邪をひいたらしい。
 
いつもなら仕事が休みといえど朝6:30には起きてゴソゴソと活動を開始するダディが、今日は10:00になっても起きてこない。
休日の朝6:30起床なんてこれからBBQにでも向かおうかってノリだぜ勘弁してくれよといつも思っていたのだけど、起きないなら起きないで心配になる。
 こっそりダディの部屋の前で様子を伺う。
 
 
ゴホッゴホッうぇっゴホッ×8億回
 
 
こりゃ本気でまいってるやつだぜダディ。
 肝心のママンはというと、そんなこと知りもせず上品なマダムたちの集いへとルンルンで立った。
全く上品でもなければお金も持ってないくせに、無理くりマダム会にねじ込みあそばせるママン、今日はいかなる御召物にて貴婦人方のもとへ参上仕ったのか知らないが、ただただ、全身を緑色で包む通称「ナメック星の母」スタイルではないことを祈る。
ちなみに、ママンは全身ブルー一色のコーディネートをすることもある。
このスタイルにおける抜群のネーミングについては僕の友人たちは決めあぐねているところなので、随時募集しておりますので奮ってご応募ください。
 
ママンはいいとして、心配なのはダディだ。
実家にあるホコリまみれの薬箱を開け、風邪薬を探す。

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きゃゃあぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁあ
 
どうやら我が実家には薬を飲むという習慣はないらしい。
いや、10年近く風邪をひいていないということか?
 
 
めでたい一家だぜまったく
 
 
w。風邪くらいたまにはひいとけよ。
けど薬の使用期限って、案外10年くらいどうってことないんじゃね?
早速、お医者さんになった高校時代の友人にLINEできいてみる。
 
友人「いや、10年はさすがにやめときな」
 
w。
はい先生。やめときます。
しかし何か食べなきゃ元気にならないぞ。
ということで、生まれて初めてリンゴを切ってみる。
んだよおい、好きな女の子にすらリンゴなんて剥いたことねーぞ。
今までの僕ならドンっと丸ごと目の前にリンゴを置いて終わりだろうが、僕は田舎に戻って優しさというものを手に入れたのだ。w
お盆にポカリとでこぼこのリンゴを載っけてダディの部屋へ。
ダディは予想以上のスマイルで応え、やたら嬉しそうだ。

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効いてる効いてる
 
ww。
ダディの野郎、くっそ効いてるぜ。
6年ぶりくらいに帰ってきた超問題児だった息子がリンゴ切って持ってきてくれるなんてと、ダディは威力抜群のボディブローを喰らいまくったボクサーのごとくダウン寸前だ。
 
ダディは昔からとても頑固で厳しい御方だ。
寝ころんだままダディと会話したりなんてしちゃったら「年長者に向かってなんて態度で話してんだ」とふつーにしばかれちゃうし、高校生にもなると「寝転んでないときに話しかけてくんないかな」などとくっそ憎たらしいことを言っちゃうもんだからそれはそれは大変だった。ポッケに手を突っ込んだまましゃべるだけでくっそ怒られる。
ママンにほんの少し横着なこと言っちゃうと「お母さんになんて口きいてんだ」と横からダディの強烈な掌底が飛ぶ。決してやたらめったに手をあげる人ではないが、小さい頃からしつけや礼儀に対してはもちろんのこと、あらゆることになかなか厳しめなダディ。
案外厳しめに育てた息子がこんな風に育っちゃったことに対しては、本当に申し訳ないと思っている。w
 
高校時代、僕はベースを弾いていて、文化祭でライブを行ったときのことだ。
担任の先生が、文化祭のあとにとってもにこにこしながらやってきた。
先生「ライブ盛り上がってたね。あんたのお父さん、見に来てたよ」と。
僕「え!マジかよ親父。あのノリノリな雰囲気、親父よく耐えれたね」
先生は、思い出して笑いを堪えながら言った。
先生「お父さん、会場の一番後ろで正座して観てた。超姿勢良いやつ」
 
 
ダディはロックを正座して聴く
 
 
ww。
ちなみに、ダディと担任の先生はホットラインができていて、
僕が学校に来ないときは2秒でダディの会社に連絡がいくようになっていた。
こういう場合は大体ママンに連絡がいくのだけど、僕の場合はダディだった。
決して僕はヤンキーでも不良でもなかったのだけど、とにかくバカだったのだ。
そうしてサボっている僕を見つけ出し、フルボッコにされて僕は学校へと向かう。
 
そんな具合で僕も兄も大学に進学して親元を離れてから、僕たちは実家に帰省するタイミングを申し合わせて家族が集う時間を作っていた。
社会人になってからというもの、なかなか帰れず家族が揃うことも少なくなったが、
大人になった僕たちにママンはこっそり教えてくれた。
 
ダディは、再び都会に戻る僕と兄を駅まで送り、家に帰る車内、
寂しいと泣きながら運転して帰るのだと。
「あいつはこんなこと言うようになった」
「前帰ってきたときはこうだったけど、今回はこんなこと考える子になっていた」
と、僕たち息子のことを嬉しそうに話ながら、次会う日まで寂しくなると泣くのだと。
僕たちが送ったメールを、嬉しそうに何度も何度も読み返すのだと。
私にかかってくる電話を聞いて、「わしにはかかってこないぞ」とすねるのだと。
 
厳しく強いダディは、実はとっても泣き虫さんだったのだ。
「女子供はすっこんでろ!」と言っちゃいそうな昭和初期の頑固おやじっぽいこと言いながら、本当は誰よりも泣き虫で寂しがりで、そして誰よりも温かいのだ。
 
僕はお金を持っていない。
海外旅行をプレゼントしましたとか、家を買ってやりましたとか、そういった類いの親孝行は今のところしてやれない。
でも、僕がダディの息子になれたことを、
僕の自慢のダディになってくれたことを、
たくさんの感謝の気持ちを、
たくさんのごめんの気持ちを、
精一杯伝える術は、何もお金で買えることばかりじゃない。
おそらく、でこぼこのリンゴと海外旅行の価値は、
僕のダディにとってはそう変わらないのだと思う。
 
僕たちが生まれると同時にきっぱりとタバコをやめたダディ。
「酔っ払いのダディ大嫌い」と幼い僕が泣いて訴えた日から、
一滴もお酒を呑まなくなったダディ。
きっと、付き合いや仕事の呑みもたくさんあっただろうし、
そのおかげでたくさん失ったものがあったかもしれない。
それでもダディは、良きビジネスマンである前に良き父を貫いた。
すべてを、僕たちに捧げてくれた。
 
世の中にあるすべての賞を、栄誉ある賞をすべて、
僕はダディに贈りたい。
世界一の親父は世の中にたくさんいるのだろうけど。
そして、「そんなもんいらん」と、ダディなら答えるだろう。
 
そうだねダディ。
そんなもんいらないよね。
だからママン、お願い。
お願いだから、
 
早く上等な風邪薬買って帰ってくんないかな
 
  
 

 

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