前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

だるまさんが転んだ3回目 おなら

 
こうも毎食餃子を食べていると、おならをするのをためらう晩夏の夜。
 
お下劣な切り口で申し訳ない。w
 
僕は、外出先でおならの音が聞こえると、なぜかそわそわしてしまう。
自分がしたわけでもないのに、それに近しい音が出るようわざと物音を立ててしまう。
ああ、今この公共の場で、この瞬間に、すかしっぺを失敗してハラハラしている人がいるのだ。
もしかしたら常習犯の筆誤りかもしれない。
でも、もしかしたら、「おしりからはイチゴが出ます❤」と言っちゃいそうな可憐な女性がおなかの具合が悪く、一世一代後生一生の命がけの一撃の結果かもしれない。
 
 
 
だとしたら悲しくてやりきれない
 
 
 
w。いや、本当になんとかしなきゃと妙な責任感を感じる。
一体あれは何なのだろう?精神病のひとつにあるのだろうか?
 
ちなみに、僕は仕事でも人前ではおならしてもいい派だ。
気品高く、仕事できますオーラむんむんの女性よりおならしちゃっててへぺろする女性の方が好き。
「みんなすまん、僕はとてもおならがしたい。トイレに行くべきところだが、この大事な打ち合わせを中断してトイレに行く時間がもったいないとも感じる。僕がうまくすかしっぺできたとしたら、何事もなかったかのようにふるまってほしい。でも万が一、万に一つ何か違和感を感じた人がいれば、我慢せず正直に挙手してほしい」と、前もって断りをいれ、何事もなかったかのように打ち合わせを続ける。
 
まったく悪びれもない、すかす気なんて一切ないおならの音がして、同時にみんな正直に手をあげる。ww
 
「お、何か意見あんの?オッケー言ってみよ」と口数少ない新人くんを指名。
「先ほどのお話の通り、違和感を感じました」
大爆笑のなか「よし、休憩いれよう」とトイレ&タバコ休憩。
最初から休憩入れてトイレ行けばよかったじゃないですかとみんなで笑う。
まいったね、だめだったかとおどけて新人くんと笑い合う。
ムードって大事。人をのせるの大事。とくに真夜中にも及ぶ打ち合わせなんて。
新人なんて、言いたくてもなかなか発言できない子が多いといつも感じる。
それは能力が低いわけじゃない。その気持ちは分かる。
良いアイデアをうまく転がし、形にするには経験が必要なことが多い。
でも、良いアイデアを出すのには経験も年齢も全く関係ない。
 
年配の方に意見すると、よく「お前みたいなしょーもない若造に言われたくないわ」という人がいる。
「しょーもない若造レベルですら言いたくなるほどしょーもないこと言ってるしょーもない自分がいるってことにまず気づけよ。わかってんのか」と返す。
 
 
僕の後輩に僕がいたらたぶんグーで殴る
 
w。
いいんだ別に。当たり前のこととして、当たり前になんか生きてらんない。
 
僕は、大学4年生のとき、就職活動は2社しか受けなかった。
そもそも行きたいとこ、やりたいこと、尊敬する人がいるとこ以外就職しても仕方ないと思っていた。
 
東京のとある会社で2次を受けに行ったときのことである。
2次は、11人の学生で集団ディスカッション面接だった。
みんな緊張の面持ちで、誰一人口を開かず、ただ時計の針が時を刻む音のみが聞こえる会議室。
 
 
え、きもちわる
 
 
せっかく出会ったんだから話そうよ。まだ予定時間まで15分あるよ。
ということで、音頭をとってホワイトボードを使って「15分いかにおもろく過ごすか?」というディスカッションを勝手にはじめ、大いに盛り上がった。
はじめは「いや俺緊張してんだよほっといてくれよ」という雰囲気だった男の子や、恥ずかしがりの女の子も、すぐに打ち解けてきゃっきゃ言い合った。
 
 
結果、僕は3、4、5次の選考をすっ飛ばして最終選考の社長面談になった。
 
 
w。面接官は、その一部始終を見ていたらしい。
ムードを作れる人間と、何か率先してやろうとする気持ちがほしいという会社だった。
ちなみに、結局僕はその会社は落ちた。
社長の考えが全く今まで感じていたものと違い。最後の最後とんでもない暴言を吐いた。
正直、がっかりした。大勢の人がみるからって、建前で話してたことと実際があまりにも違った。同じように、社長も僕にがっかりしたのだろう。
 
でも、そのとき一緒になった学生と、面接官とは7年経った今でも連絡をとっている。
 
僕もまた、就職活動しなくちゃいけない身だが、世の中の学生には知ってほしいこともある。
いい大学いくより給料のいい会社にいくより、いい人間となりいい友人を見つけるべきだ。ちなみに、僕はサルでも入れる芸術大学出身だ。なぜそこを選んだかの理由はまた追って。
 
真剣な話は笑いながらできないか?そうじゃないと僕は思う。
「おちゃらけ」と「楽しむ」を勘違いしてはいけないことは大前提である。
おならは、人と人が仲良くなる最高の飛び道具なのだ。
 
ちなみに、気心知れた人以外、くっそエスタブリッシュメントが出席する会議の場や、あまり知らない人がいるときはさすがにおならは使えない。
ムード作りはほかの方法を用いる。w
あと、僕は松岡氏的な熱血タイプでもない。どーでもいいことは本当にどーでもいいし、燃えない。
 
ほかにも、「僕はどこかおかしいのだろうか?」と感じるときがある。
それは、駅や街中で無防備なパンチラや胸チラを目撃したときだ。
「あの子パンツ見えてんで」と言われても、見れない。
女性は不快に思われるかもしれないが、男たるもの見たいのは仕方ないはずである。
そんなしょーもないもん全く興味ないねと言っちゃう嘘つきむっつりすけべ野郎はガンジーにでもなればいい。
 
思わず二度見からのチラ見してしまうチラリズムも、僕は見ることができない。
決して理性が働くからではない。むしろ僕はおそらく、普通の人に比べて理性が働かない方だと思う。
にも関わらず、見たくて見たくて仕方ないにも関わらず、見れない。
 
あの子のパンツ3回チラ見するか、今から目の前まで走ってって「君パンツ見えてんで」と言うかどっちかだと選択を迫られたとしたら、僕は間違いなく後者を選ぶ。チラ見3回なんて恥ずかしくて死んでしまう。
その場にいる友人にはもったいねーなこのホモ野郎と言われるが、決してホモではない。w。でも僕は同性愛者に偏見はない。
前の仕事仲間で、クマのような大男の男女どちらもいける人がいたが、その人と僕の家の近くで酒を呑んだあと、「今日帰るのしんどいから泊めてくんない?」と言われたときだけ全力で断る。w。残念ながらそこは受け入れられないが、人としては大好きだ。
 
男は女が好きにならないといけないなんて誰が決めた。
女は男を好きにならないといけないなんていつ決めた。
何を好きになろうが勝手だ。
 
何を好きになっても自由だが、同じものを好きに、同じ感覚で好きになってくれる相手を探す段で困ることはある。
世の中には男が好きな女性、女性が好きな男がほとんどだから。
 
でも焦らないでほしい。
あなたの気持ちを殺してまで得るものは、本当にそんなに大事なものだろうか。
一次的な寂しさや孤独を埋める作業は容易い。
でも、本当の自分でいられなくなる自分に、そう簡単になっていいものか。
カテゴライズされれば安心だけど、あなたらしさは失われる。
 
自分が自分であることを最優先してほしい。
 
こいつここまで変態だったかと思われる記事を書いてしまった。
そもそも人に好かれたくて書いてるブログではないので、嫌われてもまあいい。w