前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

だるまさんが転んだ2回目

 
今日は、久しぶりに前職の会社に出社。
久しぶりに様々な人と会話して、なんだか感じることも一入で。
「あいつがとうとう姿を見せた!」と、関係各位、社外からも足を運んで会いに来てくれた方や、僕の生存確認がとれたことによって、この情報社会のなか一瞬にして伝達し、ここぞとばかりに東京をはじめとする全国の方々から「とりあえず会いましょうよ!」と電話を頂き、「会社やめたの?よかったらうちどう?」という電話まで。
ああ、家で働きもせずCDタワーとか作っちゃってるクズでも、こんだけ大事に想ってもらってるんだなあと、思わず会社のトイレで涙してしまいました。
 
僕は、3度の飯より睡眠よりセックスよりCDタワー作るより、仕事が大好きです。
金がほしいんじゃなくて、贅沢な生活がしたいんじゃなくて、
自分が人も金も流れも掌握し、安全かつ予算内で実行して完遂し、頼られて信頼されて、そのミッションを完結させるために関わる1000人に及ぶ人たちに「やってよかった」と思ってもらえ、やはり自分じゃなきゃだめだと言ってもらえることに最良の喜びを感じ、それが世に出て光を浴びることに幸福を、生きる意味を与えてもらえる人間です。
 
つまり、僕は幼い時からの夢に、自分の夢に限りなく近しい仕事をしていました。
そのために、めちゃめちゃ努力しました。
なりふり構わないし、たくさんの人に迷惑かけたし。
自分のやりたいことを諦めて、あとでいいわけする人生なんて死んでもいやだった。
明確に、自分はこんな仕事をするんだ!と、早くから心に決めました。
だから、よくはてなブログを見てても、「仕事が死ぬほどいやだ」という記事を書いている方がいて、読者になってくださっている方の中にももちろんいらっしゃるかもしれない。読者登録解除されちゃうくらい嫌われちゃうかもしれませんが、あんた自分に対する怠慢の結果だよと思ってしまう。もちろん、人様の人生をとやかく言う立場ではないことを理解している。
 
ここには大きな違いがあって、「仕事=自分の夢」という直結型の方と、「趣味=自分の夢」であり仕事はあくまで趣味をするための金稼ぎに過ぎない方、「生存のため」という、家族含め生きるためだけに仕方なく仕事する方、大きくこんな具合に分れるかと。
 
でも、人間は大半の時間を仕事して過ごすんです。
生きるために嫌々仕事して、精神病んで、働けなくなって、自殺する人もいて。
家族を養わなきゃいけないから、嫌々仕事して、精神病んで、逃げ道なくて自殺して。
 
 
ではなぜ生きるのか?
 
 
自分の夢のためなのであれば、どんな苦労も耐えるだろう。
夢と置き換えた大好きな趣味のためなのであれば、どんな苦痛も吹き飛ぶだろう。
最愛の家族のためなら、家族のために一生やり抜けるだろう。
 
本来、仕事に対していかなる抗いなどない。
 
僕はそう思っている人間です。
 
「本当はこうしたかったけど、嫁と子供いるから」という知人がいる。
嫁と子供がいるのは、あんたが作ったからだ。自分のやりたいことや夢より大事だと思えるものに出会ったんだ。だったら何も言わずに最愛の嫁と子供のために心血注ぐべきだ。そこで妻となり、母となる決意をした女性にも、同じく夢とやりたいことがあったかもしれない。結婚したからといって失う夢ではないかもしれないが、そこに大きな自分の人生に対する決断があったであろうことは事実だと思う。そのすべてを背負って全うするべきじゃないのか?家族を持つということは、そういうことなのではないか?そんな家族を残して死ぬなんて、笑止千万愚の極みだ。あんたには分んない辛さがあるだなんて言ってくれるな。と、何十歳も年上に平気で言う。w
 
僕が婚約破棄したのも、自分の仕事が大事であり、その決断やほかの誰かの人生を優先することができないと感じたからだ。その子が、私のことは気にすんな大いに仕事に励んでくれという考えではなかった。
セックスだってゴムつけるし「できちゃった」なんて言わせない。
 
精神的苦痛に強く立ち向かえる人と、そうでない人がいるのは理解している。
必ずしもみんな強いわけじゃない。
僕は、高校2年生のとき彼女を失った。うつ病だった。
うつ病だと知ったのは、死んでからだった。そんな素振りもみせなかったし、明るく友達がアホほどいる女の子だった。
彼女は、弱いところをみせない、誰より強くて優しい子だった。
 
「仕事が辛くて自殺したいくらい」
明日にでも、いや今すぐ会社か上司に電話して仕事辞めてほしい。人間が生きるための最低限のお金を稼ぐ方法は、実はいくらでもある。生きるために仕事をして、仕事に殺されるって、そんなバカな話ないだろ。あなたは資本金がいくらで純利益いくらの会社よりも価値がある。あなたが生きるということが競売にかけられたとしたら、どんなすばらしい絵画より、どれだけ古い数億する骨董品より、高い値で競り落とす人が必ずいる。年がら年中競売が行われていなくて気づかないだけだ。
大丈夫だ。数十億の借金抱えても前向きに、あくまで自分の信じる道を生きる友人がいる。そんな人も世の中にいる。
 
僕のよき友人でよき先輩の、小学生の娘さんと奥さんがいる方が、最近年収1400万の会社を退職した。その会社で自分のやりたいこと、在りたい姿でいることが少なくなり、仕事が苦痛になったからだということだった。
今、とても厳しいなか独立してなんとかやっているようで、貧しいが幸せだと、一献傾けながら素敵な笑顔をみせてくれた。もちろん、奥様も同意してくれ、生活が苦しくなろうが一緒に切り抜けるから大丈夫だと言ってもらったらしい。
 
借金アホほど抱えて仕事でやらかした人間が、がたがたえらそうに言うなよと思われるかもしれない。その通りだ。
 
でも、僕は人生を損してはいない。
金銭的に損したとしても、人生に損してはいない。
お金がどうこうっていうしょーもない世界に生きていないからだ。
お金に困っているのは事実だ。w
でも悔いは1ミリもない。
自分の夢の仕事はこれからまだまだできるからだ。
 
僕のブログを読んでくれて、少しでもくすりと笑ってくれたり、スターをつけてくれる人がいてくれたらそれだけで書く意味がある。
僕が今まで好きな人はとことん好き、どーでもいい人は会話すら拒んできたのと同じで、何かに、誰かに縋ることはない。
このブログで、読者が一人になったときは、ブログではなくメールで話そう。w
 
今日は、久しぶりに馴染みの顔に会って興奮してしまった。
昨日、自殺を考える新着エントリーで自殺を考える人の記事を読んだことにも起因する。自分の知らない人生にずかずかと土足であがることができないことを承知のうえで、でもどうにか自分の生きる価値に気づいてほしい思いもある。
 
結局何が言いたいか分らない記事になってしまったかもしれないが、だるまさんが転んだシリーズの記念すべき2回目はこんなもんで。w
 
明日から、また「こいつバカだなぁ」と笑ってもらえて、少しでも楽しみを感じてもらえる記事を書こう。
 
乱文申し訳ありませんでした。