前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

第77歩 ビルマで笑った瞬間があったのだろうか

 
「馬がほしいな」
 
ある昼下がり。
叔母のみーちゃんが、なんの前触れもなく突然そうつぶやいた。
 
それまでの数十分間、彼女は、「カタコト日本語の中国人女性」を見事に演じ、
僕の腹筋を崩壊させて満足したところだった。
僕「ねえみーちゃん、『馬がほしい』って、中国人的に言ってみて」
みーちゃん「もうやだ。結構体力使うんだから」
 
誰も頼んでないうちはやるくせに、頼んだらやってくれない。
 
僕「馬、なんでほしいの?」
みーちゃん「通勤に便利だし」
僕「・・・」
 
どうやら、みーちゃんは馬に跨って通勤したいらしい。
ちなみに、彼女は自転車通勤だ。
おそらく、車がほしいとは言わないのは、車の免許を持っていないから。
そして数秒の沈黙を経て、彼女は暴れん坊将軍のメインテーマを口ずさみ始めた。
颯爽と馬で出社するところを妄想しているのだろう。
 
そうこうしていると、暴れん坊将軍のテーマのなかママンが買い物から帰ってきた。
こうも完璧なタイミングとなれば、みーちゃんの笑いセンスはやはり脱帽ものである。
いつもなら暑さに文句をたれながら帰宅し、エアコンの効いた部屋でくつろいでいる僕に対して特大のため息をお見舞いするのだけど、今日のママンはなんだかご機嫌だ。
 
ママン「スーパーで友達に会ってね、『いつもお綺麗ね』って言われちゃった。今日化粧もしてないのに❤」
僕「化粧したこと忘れてるだけでしょうが」
みーちゃん「・・・」
ママン「・・・」
 
みーちゃんは、すかさず仏壇の前へとすばやく移動し、鈴をちーんと鳴らす。
フリーズしたママンを、虚しくも綺麗な鈴の音が包み込む。
息ぴったりな僕たちは、固く頷き合ってその友情を確かめる。
 
今日も我が家は、すこぶるシュールですこぶる平和である。
 
そんなこんなで、バカばっかりやってないでたまには役に立てこのクズがと、
やっぱり不機嫌になったママンの命により僕とみーちゃんはせっせと押入れを整理することになった。
「ばあやめ。嫁入り前にこんな汚れ仕事させてからに」
ホコリ舞うかび臭い押入れに頭を突っ込みながら、みーちゃんはブツブツやっている。
叔母、54歳。嫁に行く予定など、今のところまったくない。
 
と、押入れから一枚の古い写真が出てきた。

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みーちゃん「やんイケメン❤」
僕「めちゃさわやかだね。誰これ」
 
二人してきゃっきゃ言いながら、ばあや(ママン)のもとに駆けつける。
 
どうやら、このさわやかボーイはママンとみーちゃんの父ちゃんの兄、
つまり僕にとっては大叔父にあたる人だとのことだった。
 
僕はもちろんのこと、みーちゃんもママンも会ったことはない。
彼は立命館大学を卒業し、第一勧銀に入社したのだそうな。
入社してすぐ、戦争へと発った。
アイドルばりのさわやかスマイルで数十年後の未来に笑いかけた彼は、
その昔、遠くビルマの地で戦死した。
 
どれだけさわやかだろうが、若かろうが、無念だろうが、戦争は人が死に、人が殺す。
そこにきれいもくそもへったくれもない。
 
きっとそれは、巷にみるくそ美化された戦争映画の様相ではない。
あんなもん所詮は金儲けだ。
戦後何十年を迎えるから戦争映画やるにはここが儲かりそうだぜって、プロデューサー連中が数年前から企画を練る。そして儲かるために人気俳優をツモり、❝泣ける❝ストーリーを作るために腕のいい脚本家を引っ張る。「私たちは後世に語り継ぐ義務がある」だなんて大義名分いけしゃあしゃあ言いながら、結局は数字が付き纏う。
製作予算を組む段階で、リクープの算段は必ずとる。
つまり、儲かる戦争映画しか作らないし、儲かるようにしか作れない。
実際に演じる役者やスタッフの想いはまた別である。
ただ、土台はそういうこと。
 
つまんねー使命感やナショナリズムやなんちゃって大儀を振りかざさずに、「これは戦争を題材にしたエンターテインメント。娯楽映画です。難しいことは置いといて、みんなたくさん泣いて、たくさん感動して帰ってください」って打ち出し方をしろよって。
 
そもそも、フィクションの映画に戦時中の実映像をインサートとして使用するのって、一体どんな気持ちでやってんのか気が知れない。役者の鬼気迫るコックピット内の表情のカットの次に、リアルな敵艦に体当たりする実映像を持ってくる。映像的にそうしたいのは分かるけど、気が知れない。
いや、その映像、人が死んでるんだぜ本当に。
監督の「カット」の一声で役を抜けてへらへら笑える役者と違って、
本物の映像では一人の命が消えてるんだぜ。
そんな極限的現実と創作を一連にするって、あんまりだろ。
 
ということで、実映像をインサートしてる戦争映画全般くそ映画だと僕は思っている。娯楽映画として割り切れないだろそんなもん。
実映像を使うだけでは飽き足りず、なんならその映像に効果音まで足しているものもある。
もはや人間の所業ではないよね。
携わった連中おめーの葬式でとびきり笑えるドリフの効果音流してやるよってなもんで。そんな無神経なことをやっちゃってんだって、いい歳こいた大人なんだから分かるだろ。
 
と、なんだかお話がとっても脱線してしまったのだけど、一人熱くなる僕の隣で、みーちゃんは今度は❝本場の中国語をしゃべる日本人女性❞の練習を始めた。次の休日、完璧な演技を披露してあげるねと、彼女はとても張り切っている。
 
つまり、くそさわやかな大叔父の遺伝子をどうして僕は引き継ぐことができなかったのか、そこが本当に悔やまれ、戦争映画について少し熱くなってしまったというわけだ。
 
彼はビルマの激戦地で、一瞬でも笑ったのだろうか。
できれば、我が家のアホみたいな日常をどこからか眺め、屈託なく笑っていてほしいと思ったのでした。