前のめりに生きる。一歩踏み出せば決してコケはしない。

生きるって大変、でも、だからこそ素晴らしい!

第76歩 どこまで続くぬかるみぞって、お気に入りの長靴履けばいいのに。

 

先月のことだ。
ひょんなことから関西に行った際、知人にも数人会ってきた。
そこで口々に言われたのは、「なんだか雰囲気変わったね」である。
 
今の方がいいよという人もいれば、らしくないという人もいる。
ゆっくり生きるといいよと言ってくれる人もいれば、いつまで田舎でタラタラしてんだおめーはさっさと東京行けとケツをぶっ叩いてくれる人もいる。
 
そうしていざ話して酒呑んで語らうと、
「君は何も変わらないね」となる。
どうやら、実のところ変わってないらしい。

​あと数か月で前職を退職して1年になる。
 
実は、僕は今年の5月にとある企業の面接を受けた。
クリエイティブ系ではあるものの、前職の仕事とは似て非なる業種。
中国語は超得意なんだけどなって言いながら英会話教室の先生をやるようなノリだ。
 
東京本社ではなく、僕の住む県にある支社で面接だったのだけど、
たまたま来ていた社長の御尊顔を拝謁できたばかりか面接に立ち会って頂くというミラクルが起き、その結果数回予定されていた面接が1回で済んだうえにその場で即採用が決まるという、こんなこと現実にあるのかと吃驚するようななんとも笑える珍事件が起こった。
 
べつに僕がとびきり優秀な経歴を持っているわけでも、気の利いた名台詞を放ったわけでもない。ビシッと高いスーツで決めていくわけでも、お行儀がすこぶる良いわけでもない。
どうせうまく使えない敬語だ、言葉遣いも並。
面と向かって話して、相手の話を聞き、僕の気持ちを伝え、一緒に笑う。
ただそれだけ。
ただそれだけなのだけど、僕はそのままその会社の取引先との打ち合わせに出席し、
よく分かってねーくせにノリで打ち合わせをとりまとめ、なんだこいつはおもしれーなと社員のみなさまときゃっきゃお話した挙句、22時まで「なーくんと親睦を深める会」を開催してくれたのだった。
面接に来ただけのはずなんだけどな。w
 
「では来週の月曜日、給料や役職など待遇の詳細詰めましょう」
 
んだよ簡単だなおいと思いながら最終列車に乗って帰る金曜日。
いろいろ考える土曜日。
考えたことをさらに考える日曜日。
 
そして月曜日、僕は詳細を詰めることなく採用を辞退した。
バカかおめーはいいから働けこのクズがと言われそうだ。
僕も僕なりにちゃんと考えたんだ。あまり責めないでほしい。w
本当に魅力的な企業だったのは間違いない。
魅力的な人物が集まる企業だったことも間違いない。
のだけど、僕が居る場所ではないと感じた。
 
僕はくそ極貧生活だろうが、一生独り身だろうが、そんなことは気にならない。
収入が低くても自分らしく、思う時間を生きることができればそれが幸せの形だし、
気が狂ったのかと思うほどどうしようもなく愛する女性が現れたら、
それはそれで精一杯、その女性と共に幸せになる道を歩むのもいい。
 
僕が何より恐れるのは、極貧生活でも、独身生活でも、うだつが上がらず大成できないことでもない。
情熱を無くすることだ。
何かにつけていいわけして、やりたくないことを日々やっちゃうことだ。
いいわけと理由が紙一重な人間になりたくない。
 
男らしくとか、大人としてとか、そんなもん知るか。
僕らしく生きる道でなければ、歩む価値はない。
 
サイズの合わない靴で歩く道ほど、険しく痛々しいものはない。
趣味の合わない靴で歩く道ほど、つまらないものはない。
ぬかるむ道も、お気に入りの長靴ならきっとご機嫌だと思わないか?
 
とはいえせめて人様に迷惑かけない程度の収入は必要だ。
ママンにも渡さなきゃいけないし、愛するブタ野郎共ともたまには呑みたいし。
最近の僕の収入源&見通しは以下のようなものだ。
〇農家の友人に頼まれたときの山仕事お手伝い1day8,000円(超楽しいけど週1程度)
〇とある業種における企画相談役&サポート1件135,000円【済】(旨し)
〇知人依頼のバイト募集チラシ作成1件3,000円【済】(いうほどクオリティ高くない)
クラウドソーシングたまにおいしいのがあれば。
〇9月に講師として大阪で登壇【ギャラ交渉中】(こんなクズに何を話せとw)
 
これに加えて、自分のクリエイティブな領域への挑戦する時間だったり、限界集落ビジネスへの挑戦だったり、田舎のパソコン教室の先生をヘルプでやったり、クズはクズなりに時間をめいいっぱい使って生きている。
 
まいったね。
1年か。うん、1年だ。
 
夏の夕暮れ、物思いに耽る僕の隣で、お盆に合わせて家に帰ってきたおばあちゃんがこっくりこっくり、ソファでうたた寝を始めた。
とってもかわいい。
ご先祖様を迎え入れる準備、大変だったもんね。お疲れさま。
涼しい風がふわりとカーテンを揺らす居間で、ほとんど一世紀の間生きてきたおばあちゃんの寝顔を眺めることができる。こんなにありがたく、うれしいことはない。
 
「ばあちゃんくたびれてしもたわい」
 
むにゃむにゃとそう呟きながら、またこくりこくり、まどろみを漂うおばあちゃん。
海岸線までのお散歩に誘うのは、明日の夕方にしよう。
 
おばあちゃんはきっと、お気に入りのボロいサンダルで歩くだろう。
その隣を歩いて、きれいな夕陽が目の前にあれば、僕の1年はこの瞬間のためにあったとしても、それで十分だとも思うのだ。

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